躁鬱の随に。

躁鬱人が人知れず想いの丈を綴った記録。

無駄の効能。

先日は趣味について少し触れた。

趣味を持つからには、人に言えるような趣味が欲しいと思うのが普通ではないだろうか。

 

しかしこの頃は、趣味は有益なものでなくてもいいと思うようになった。

振り返れば無駄に思えることでも、ひとときが安らぐならそれでいい。

 

何より、くだらない趣味はいつでもやめることができる。

これはとても大きなメリットだ。

つまりは、途中でやめてしまった時の罪悪感がない。

 

有益な趣味というものは、断続させてしまうと罪悪感に襲われる。

しかし、無駄な趣味はいつやめても自己肯定感が損なわれることはない。

 

好きな時にやめ、好きな時にまた始めることができる。

無駄なことの効能は、思いのほか大きい。

 

 

くだらない趣味は、持てば持つほどいいくらいだ。

そうすると、好きな時に好きなだけ発散させる手段の幅が増える。

それだけ、彩りのある時間が持てる。

 

生きる上で彩りは重要だ。

多彩に生きられれば、それだけ生きることが軽くなる。

 

興味が湧いたものには、とりあえず手を出してみる。

続かなくったっていい。

結局無駄に思えることだっていい。

 

むしろ、無駄なことにこそ、自由がある。

 

無駄に有益を見出す。

これは発想の転換だ。